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女には、幸福も不幸も無いものです。男には、不幸だけがあるんです。いつも恐怖と、戦ってばかりいるのです。
太宰治「ヴィヨンの妻」
背景解説
男は常に恐怖と戦い続けるから不幸しかない、女は幸福も不幸も超越した存在なんだっていう、ちょっと哲学的でめっちゃ深い視点。太宰治って戦後の日本人の心の闇をズバッと言葉にしちゃう天才なんですよ。この一文で、男女の本質的な違いについて考えさせられちゃいます。
でも本当にそうなのか?妻の幸福を眼前にして、夫の心の中でなにが揺らいでいくのか?
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『ヴィヨンの妻』の他のひとふみ
私はこの子を銭湯に連れて行きはだかにして抱き上げて、あんまり小さく醜く痩せているので、凄しくなって、おおぜいの人の前で泣いてしまった事さえございました。
太宰治
けれどもその夜はどういうわけか、いやに優しく、坊やの熱はどうだ、など珍らしくたずねて下さって、私はうれしいよりも、何だかおそろしい予感で、脊筋が寒くなりました。
太宰治
こんな立派な奥さんがあるのに、どうして大谷さんは、あんなに、ねえ
太宰治
病気だ。病気なんだよ。以前はあれほどでもなかったんだが、だんだん悪くなりやがった
太宰治
人間の一生は地獄でございまして、寸善尺魔、とは、まったく本当の事でございますね。一寸の仕合せには一尺の魔物が必ずくっついてまいります。
太宰治
魔物がひとの家にはじめて現われる時には、あんなひっそりした、ういういしいみたいな姿をしているものなのでしょうか。
太宰治
もうとても黙って家の中におられない気持でした。
太宰治
謂わばおそろしい魔の淵(ふち)にするすると吸い寄せられるように
太宰治
自分のこのからだがアイスクリームのように溶けて流れてしまえばいい
太宰治
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