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努力論
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福を惜しむ人が必ずしも福...
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背景解説
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福を惜しむ人が必ずしも福に遭うとは限るまいが、何様も惜福の工夫と福との間には関係の除き去るべからざるものがある。
幸田露伴「努力論」
背景解説
「使い切らない」って現代人には難しい考え方かも。でも露伴は、福を取り尽くさない人にまた福が訪れると言う。節制と謙虚さが次の幸運を呼ぶという、深い人生哲学だ。
なぜ控えめな人に福が集まるのか?
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『努力論』の他のひとふみ
努力は功の有無によって、これを敢えてすべきか否かを判断すべきものではない。
幸田露伴
新しくせねばならぬと思うところの旧いものは、未練気なく斥けてしまわねばならぬのである。
幸田露伴
我より福を分ち与うれば、人もまた我に福を分ち与うべく、天道は復すことを好む。
幸田露伴
着手の処、着手の処と尋ねなければならぬ。
幸田露伴
人もし事をなし、もしくは思を運らす時に当って、おのれが胸裏の消息に注意して見よ。
幸田露伴
全気で死ねば、すなわち尸解の仙なのである。
幸田露伴
進潮、退潮、潮よく動いて海長えに清く、春季秋季、よく移って年永く豊かならんである。
幸田露伴
「洞察」が響くひとふみ
鏡は自惚れの醸造器であるごとく、同時に自慢の消毒器である
夏目漱石
認識は模写的であると同時に構成的であり、模写と構成との統一である。
三木清
理想は椅子にあるものでないから、椅子を得たによってまっとうするとはいわれない。
新渡戸稲造
私が疑うということから私は有るということが帰結する。
デカルト
この虹が人間の努力の影だ
ゲーテ
織物などもやはり古い物のほうに芸術的なものが多い
紫式部(与謝野晶子訳)
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