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日本人は歴史の前ではただ運命に従順な子供であったにすぎない。
坂口安吾「堕落論」
背景解説
つまりね、日本人って歴史という巨大な力に逆らえない子どもみたいな存在だってことなんですよ。政治家だとか個人の意思とか、そういうのって実は歴史という独立した生命体の前では微々たるものでしかないって話。だから戦争も経済も、俺たちが思ってるより大きな力に支配されてるんじゃないか、ってわけです。
では、その圧倒的な「運命」から逃げられない人間は、いったい何をすればいいのか——太宰治はこの絶望的な問いに、衝撃的な答えを用意していた。
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『堕落論』の他のひとふみ
人間が変ったのではない。人間は元来そういうものであり、変ったのは世相の上皮だけのことだ。
坂口安吾
若者達は花と散ったが、同じ彼等が生き残って闇屋(やみや)となる。
坂口安吾
美しいものを美しいままで終らせたいということは一般的な心情の一つのようだ。
坂口安吾
美しいうちに死んでくれて良かったような気がした。
坂口安吾
彼等は女心の変り易さを知らなかったわけではなく、知りすぎていたので、こういう禁止項目を案出に及んだまでであった。
坂口安吾
我々は規約に従順であるが、我々の偽らぬ心情は規約と逆なものである。
坂口安吾
昨日の敵は今日の友という楽天性が実際の偽らぬ心情であろう。
坂口安吾
生きることは、もっとわけの分らぬものだ。
坂口安吾
けれども、私は偉大な破壊が好きであった。私は爆弾や焼夷弾(しょういだん)に戦(おのの)きながら、狂暴な破壊に劇(はげ)しく亢奮(こうふん)していたが、それにも拘らず、このときほど人間を愛しなつかしんでいた時はないような思いがする。
坂口安吾
あの偉大な破壊の下では、運命はあったが、堕落はなかった。無心であったが、充満していた。
坂口安吾
生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか。
坂口安吾
人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。
坂口安吾
人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。
坂口安吾
堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。
坂口安吾
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