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梅も桜も桃も一時に咲いている、美しい岡の上をあちこちと立って歩いて、こんな愉快な事はないと、人に話しあった夢を見た。
正岡子規「病床六尺」
背景解説
歩くことすら許されない病床で、正岡子規が見た夢の話。花々が一斉に咲く美しい丘を自由に歩き回る夢を見て、それがどれほど「愉快」だったかを人に話したくなるほどだった。当たり前すぎて普段気づかない「歩く」という行為の奇跡を、失ってから気づいた瞬間の切なさがヤバい。
でも子規がこの夢から覚めた時に書いた言葉は、想像以上に重くて深い意味を持っていた。
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病床六尺、これが我世界である。
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このごろはモルヒネを飲んでから写生をやるのが何よりの楽しみとなっている。
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足あり、仁王の足の如し。足あり、他人の足の如し。
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生きていればいいたい事はいいたいもので、毎日見るものは新聞雑誌に限っていれど、それさえ読めないで苦しんでいる時も多い。
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半年以上もすれば梅の花が咲いて来る。果して病人の眼中に梅の花が咲くであろうか。
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草花の一枝を枕元に置いて、それを正直に写生していると、造化の秘密が段々分って来るような気がする。
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教育は女子に必要である。
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「病牀六尺」が百に満ちた。
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