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作者詳細
正岡子規
まさおかしき
1867–1902
エッセイ
1作品 / 10フレーズ
明治時代の俳人・歌人・国文学者。本名は常規。愛媛県松山市出身で、東京帝国大学で学んだ後、新聞「日本」の記者として活動した。俳句の革新運動を主導し、写生を重視した現実的な表現で俳句を近代文学として確立させた。また短歌の革新にも取り組み、「歌よみに与ふる書」で古典和歌を批判し近代短歌の出発点を築いた。肺結核で34歳の若さで没したが、近代俳句・短歌の父として文学史上重要な位置を占める。
全1作品
病床六尺
エッセイ
6畳一間が全世界
1902年 / 約157分 / 10フレーズ
正岡子規のひとふみ
病床六尺、これが我世界である。
正岡子規
このごろはモルヒネを飲んでから写生をやるのが何よりの楽しみとなっている。
正岡子規
足あり、仁王の足の如し。足あり、他人の足の如し。
正岡子規
生きていればいいたい事はいいたいもので、毎日見るものは新聞雑誌に限っていれど、それさえ読めないで苦しんでいる時も多い。
正岡子規
梅も桜も桃も一時に咲いている、美しい岡の上をあちこちと立って歩いて、こんな愉快な事はないと、人に話しあった夢を見た。
正岡子規
半年以上もすれば梅の花が咲いて来る。果して病人の眼中に梅の花が咲くであろうか。
正岡子規
草花の一枝を枕元に置いて、それを正直に写生していると、造化の秘密が段々分って来るような気がする。
正岡子規
教育は女子に必要である。
正岡子規