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問題の大小をも弁(わきま)えず、その力を用いるところ当(とう)を失えりという人あらば如何(いかん)。
柳田国男「遠野物語」
背景解説
柳田国男が100年以上前に書いたこの言葉、めっちゃ現代的じゃないですか?つまり「自分の力不足を知ってるのに、時代が求めてくるから仕方なく動く」という、今の俺たちも絶対に経験してる葛藤そのものなんです。完璧じゃなくても、やるしかない時代の空気感が凝縮されている一文です。
では彼は、その不完全さをどう乗り越えようとしたのか?
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『遠野物語』の他のひとふみ
願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。
柳田国男
自分もまた一字一句をも加減せず感じたるままを書きたり。
柳田国男
馬を駅亭の主人に借りて独り郊外の村々を巡りたり。
柳田国男
小字(こあざ)よりさらに小さき区域の地名は持主にあらざればこれを知らず。
柳田国男
ここにのみは軽く塵たち紅き物いささかひらめきて一村の緑に映じたり。
柳田国男
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