時には風の音や鶴の鳴き声にも驚きました
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言われています。
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)
文明の事を行う者は私人の人民であり、その文明を護る者は政府だ
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)
私のために門閥制度は親の敵でございる。
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
人は学ばなければ知識を持たず、知識がない者は愚か者である
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)
これは福沢という正体が現れては、たった一発と、安い気はしない
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
何のことだろう、殿様の頭でも踏みはしないだろう。
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
福沢諭吉の父は豊前中津奥平藩の士族福沢百助、……
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
一人の放蕩は大勢の手本となり、やがて世間の風俗を乱して人々の教えに妨げをなす
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)
私は生まれて五十年、人の金を一銭でも借りたことはない
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
賢い人と愚かな人の違いは、学ぶか学ばないかによってできるものなのです
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)
何でも人間の行くべき所は江戸に限る。
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
死生の事は一切言うことなし。どこへでも出て行きなさい。
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
俺は総領で家督をしているが、どうかして難しい家の養子になってみたい。
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
お前は何をするのか、先ず日本一の大金持になって思うさま金を使ってみようと思います。
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
暗殺ばかりは家内の者へ言えば当人よりはかえって家の者が心配するでしょう、心配してくれてもそれが何の役にも立たない
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
命があればこそこんなことを見聞きするのだ、前に死んだ同志の友人が気の毒だ
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
学問とは、ただ難しい字を知り、理解しにくい古い文献を読むことではありません
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)
自由とわがままの違いは、他人に迷惑をかけるかかけないかの間にあります
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)